~川淵会長の責任を問う。川淵会長の辞任を求めるBlog~

KET SEE BLOG 『Good Bye!川淵さん。』

『一貫性のなさ』

Author:さるねこ


 例えばジェフ・千葉を見てみよう。1997年シーズン以降、一貫してヨーロッパの監督を起用し、2005年にはヤマザキナビスコカップを制している。例えば鹿島アントラーズを見てみよう。1993年のJリーグ開幕以来、一貫してブラジル人を首脳陣に招き、低迷するシーズンこそあったもののいまだに「強豪」と呼んでも差し支えないほどの地位を誇っている。この二チームの隆盛は監督の手腕によるところも大きいが、フロントの一貫性が生んだものだと私は確信している。

 では、日本代表というチームに一貫性はあるだろうか。94年のワールドカップに向けての代表はハンス・オフトというオランダ人監督だった。98年のワールドカップは日本人監督で臨んだ。02年はフランス人監督のフィリップ・トルシエ。06年はブラジル人のジーコ。そして、2010年のワールドカップに向けて、ボスニア・ヘルツェゴビナのイビチャ・オシムが代表監督に就任した。

 もちろん、監督の国籍で一貫性の有無が決定するわけではない。しかしながら、私はJリーグ発足以来のこの代表監督達に一貫性を見出すことは出来ない。

 だが、共通点はないわけではない。それはたった一人を除けばヨーロッパ的なサッカーを志向する監督だったことである。98年ワールドカップの岡田は日本人であったが、ドイツ留学の経験があり、ヨーロッパのサッカーに影響を受けていることは想像に難くないし、横浜でのサッカーもどちらかと言えば欧州流のサッカーだ。それを考えると、日本サッカー協会は欧州に目を向けているのだと私は思う。しかし、異質なのが2006年まで監督を務めたジーコである。

 言わずもがな、彼はブラジル人である。それまでの流れを無視して、なぜジーコだったのか。それも、監督経験のない人物だったのか。様々なソースをたどれば、彼の就任には川淵会長の意向が大きく反映されたことを容易に知ることが出来る。技術委員会の候補者にはなかったジーコを代表監督に就任させたのは(手続き上の問題はともかく)川淵三郎なのである。

 なぜ、流れを無視してまでジーコだったのか。本来ならば、ジーコの就任の際に明らかにすべきであった。しかし、それは明らかにされなかったし、惨敗に終わったドイツワールドカップ終了後も明らかにされていない。川淵の独断で決めた監督である以上、川淵は説明責任を果たすべきである。

 イビチャ・オシムは有能な監督である。恐らく前任者よりも良いチームを作ることは間違いないと思う。私は彼の能力には疑問を抱いてはいない。しかし、なぜ今、彼なのか。それは大いに疑問である。それを協会は明らかにすべきだ。なぜジーコからイビチャ・オシムなのか。そこには何らかの理由がなくてはならない。日本サッカーに足りないものをオシムが埋めてくれそうだからか?では、ジーコ時代には何があって、何が不足していたのか。そのためにはジーコ時代の徹底的な検証が求められる。そして、それが出来ないならば、それが出来ない団体の長である川淵は去るべきであろう。ジーコを招聘したのは彼個人のきわめて強い意向によるものだったのだから。

 繰り返す。オシムは優秀な監督である。しかし、代表チームの方針は一人の監督に委ねられるべきものではない。それはその国の協会が負うべきものだ。しかしながら、一人の監督の検証も出来ない現在の日本サッカー協会はそうではない。これではオシムが去ったあとの日本サッカーは心許ない。協会には抜本的な改革が今、求められている。そのためにも、ブラックボックスで監督を指名し、任命した男には去ってもらう必要がある。
 (文中敬称略)
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by byebyecaptain | 2006-08-03 00:48 | ☆辞任要求エントリー
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