~川淵会長の責任を問う。川淵会長の辞任を求めるBlog~

KET SEE BLOG 『Good Bye!川淵さん。』

『川淵さんにして欲しいこと』 

Author:エルゲラ


私は、川淵氏に協会会長の職を辞任して欲しいと強く思っています。


まずは、日本代表がワールドカップで1分2敗勝ち点1得点2失点7得失点差マイナス5と惨敗したから責任を取って辞めて欲しいわけではないこと。
今回のドイツでの日本の3試合は、どの試合も試合後のショックが大きかった。ブラジル戦後は、しばらく動けなかった。日本代表はこんなはずじゃなかった。日本代表はこの程度なのか。日本代表はもっとできたのではないか。


ジーコ氏の監督就任には当初から疑問を持っていたし、途中からは疑問が確信に変わった。これではうまくいかない。
自分でもBlogを立ち上げて、「これではうまくいかない」と微力ながらも訴えてきた。しかし、大勢は変わらず、そのままワールドカップまで日本代表は迷走してしまった。しかし、試合終了時に思い浮かんだのは、「ああ、やっぱり…」という気持ちよりも、素直に悔しい気持ちだけだった。日本代表の戦い方は無残だったけど、少なくともピッチ上の選手達を見たら、「言わんこっちゃない」などという気持ちはまったく思わなかったし、試合終了のときにも「川淵、責任を取れ」などと思わなかった。
日本代表がワールドカップで結果を出せなかったから辞任して欲しいのではない。



このワールドカップの惨敗の結果を受けての辞任要求ではないが、この惨敗の大きな責任を川淵が負っているとは考えていた。

4年前の新監督選びに際しリストには無かった人物を「ジーコに聞いたのか」の一言で強引に加えたこと。その後の手続き上での理事会の議決はあっただろうが、そもそもの人選に川淵氏の意向が大きく入っていること。

その後、いくつかある不甲斐ない日本代表の戦いに対し、「信じている」を繰り返し、検証や修正の姿勢を一切見せなかったこと。さらには、あまりに内容の無い戦いに際し、「勝ちゃいいんだろ」と開き直り、修正のチャンスを自ら捨ててしまったこと。

ただ、これらのことに直接責任があるからといって、本大会で負けたから辞めろとは思っていなかった。



成田での川淵会見を読んだ後、怒りよりも呆れと悲しみの方が大きかった。この人は、この4年間で、何も学んでいない。

例えば今回の日本代表が、川淵氏が選んだに等しいジーコ監督の未熟さや能力不足によるところが大きく敗戦につながってしまったのだとしても、ジーコ監督を選ぶ過程なり、その後の判断や修正なりに誤りがあったことを認めているのなら、特に辞任などとまで強くは思わない。誤りだと認めているなら、次の4年間に同じことを繰り返さないだろうと、信用と期待を持てる。

しかし、反省や検証などをする時間的余裕などがあるはずもない帰国直後の成田での会見で、新監督の名前を洩らしてしまういうという失態から、結果的に人々の注目を失敗したジーコ監督から新監督に向けようとし、自身の会長としての総括を一切しなかったこと。
そして、オシム監督を、成功だったと言い張るジーコ路線の延長線上にいる監督だと捻じ曲げる。Jリーグをきちんと見ている人なら、オシム監督の路線がジーコ氏のやり方の延長線にあるなどとはこれっぽっちも思わないだろう。それどころか、比べることや並べること自体が新監督候補に失礼だ。

ここにいたって、自らの責任を真摯に受け止め、総括も反省もしない川淵氏には表舞台から退場していただきたいと強く思ったのです。



監督を強奪された形になる千葉のサポには申し訳ないが、個人的にはオシム監督が作る日本代表の試合なら、とても見たい。正直、ジーコ氏が契約期間中に解任されたなら、立て直せるのはオシム監督しかいないと思っていたくらいです。しかし、今の協会では、監督の首を挿げ替えただけでは、代表の強化に直結するとは思いにくい。新監督は、走れない選手を外すかもしれない。その選手は協会とスポンサーにとって大事な選手かもしれない。その状態で、数試合思うような結果が出なかったら、今の協会や川淵氏なら、また御用新聞にリークをして新監督を潰しにかかる心配すらある。

親善試合を減らせと新監督が協会に要求したら、今のままの日本サッカー協会は、代表監督の意向に素直に耳を傾けるのか。それともスポンサーの言葉を重要視するのか。



今までの4年間が本当に失敗だったと反省しているのなら、そんな心配はしない。しかし、批判をかわすため小手先の策としてこの時期に新監督騒動を起こしたのなら、反省や検討などをしたとは考えにくい。ジーコ氏が続投をしないことを明言しているのだから、水面下で監督選びが進んでいることは構わない。しかし、この4年間の検証なり、このワールドカップの検証をした結果、リストの順番が変わるかもしれない。その意味でも日本代表の強化に真摯に取り組んでいるのならば、この時期に洩らす話ではないと思うし、万が一「つい、うっかり」漏らしてしまったのなら、それがそれで年間177億円も収入がある組織の長としての資格はない。



川淵氏がこの4年間の失敗を認め、その失敗の原因が自身の過度な保身にあったことを認めるなら、必ずしも辞任を求めなくても良いかもしれない。しかし、保身に走り、2回続けて監督選びで暴走し、この先もさらに暴走する心配があるのなら、辞任の声を上げざるを得ない。

サポーターの声など小さなもので、川淵を解任にも辞任にも追い込めないかもしれない。でも、声を上げなかったらこれまでの4年間と同じ。消極的承認になってしまう。
監督が変わっても、協会の体質は何ら変わらない。今回解任にも辞任にも追い込めないかもしれないけれど、サポーターが声を上げることによって、これまでの4年間のように川淵氏に好き勝手をやらせないようにできるかもしれない。声を上げなければ、これまでの4年間のように代表戦のチケットを買って、日本代表のグッズを買って、スポンサー企業の商品を買って、ただの都合の良いお客さんのまま。でも、声を上げることによって、何かできるかもしれない。今までの責任を取らせることはできないかもしれないけれど、この先4年間の勝手な行動は止められるかもしれない。独裁を止められないかもしれないけれど、少しは自制させられるかもしれない。そんな微かな期待を込めて、辞任しろと言います。



日本代表が強くなるためには、協会も監督も選手もサポもそれを取り囲むメディアやスポンサーも、全てが真摯な態度で強化に取り組まない限り、うまくいかない。どこかが驕りを持ち、誰かが責任を放棄し、自らの保身や利益の確保に走れば、宝物のような代表チームはあっけなく潰えてしまうものだということはこの4年間で充分骨身に沁みたはず。この先4年間も同じ轍を踏むのか。私は踏みたくない。

だから、小さな声かも知れないけれど、辞任を希望する。
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by byebyecaptain | 2006-08-03 12:00 | ☆辞任要求エントリー
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